沖縄全島エイサーまつり2022

第67回沖縄全島エイサーまつり(2022)inコザ運動公園陸上競技場

※3年ぶりに開催を予定しておりました「沖縄全島エイサーまつり(8/20-8/21)」は中止となりました!
※沖縄全島エイサーまつり(2022)の代替イベントの開催が決定しました!(*入場者数:約9,000人)


「10/8-10/9開催 エイサーin沖縄アリーナ 2022《第67回沖縄全島エイサーまつりの代替イベント》」情報はこちら

沖縄全島エイサーまつりの歩み

「沖縄全島エイサーまつり」は1956年「コザ市・エイサーコンクール」(1974年にコザ市と美里村が合併し沖縄市が誕生)として開催されました。戦後、基地依存経済の中で商業都市として発展してきたコザ市でしたが、米国民政府による「オフ・リミッツ(米軍人・軍属・家族が 民間地域へ出入りすることを禁ずる規制)」が布かれたことによって商工業者が大ダメージを受けました。
市民が暗く、希望を失いかけていたそんな折、戦後復興のシンボルでもあったエイサーがコザ市で盛んに行われていたこともあり「エイサーで元気を取り戻そう!」とエイサーコンクールが開催されたのが始まりです。第1回大会は沖縄全島から選抜された9団体が出場し、3万人の観衆を集めました。出場団体は一定の審査基準によって審査され、隊形や技、構成人数、衣装等、それぞれの青年会らしい工夫を凝らし、競い合ったそうです。
この頃から、各シマ(地域)のエイサーが“魅せる”エイサーに徐々に変化し、現代エイサーの衣装やまつりでの隊形作りの原型になりました。しかし、地域によって美的価値の違うエイサーに優劣の差をつけるのには限界があり、審査結果に不満を露わにする青年会も出始めた為、コンクールは廃止され、第22回(1977年)からは「沖縄全島エイサーまつり」として開催されるようになりました。
現在では、3日間開催となり、初日は沖縄市中心市街地を各青年会が練り歩く「道ジュネ―」、中日は、沖縄市内青年会による「沖縄市青年まつり」、最終日には県内各地より選抜された様々なエイサーが繰り広げられ、3日間で延べ30万人の観客動員数を誇る、県内最大のエイサーまつりへと発展しました。
毎年恒例となったフィナーレのカチャーシーで会場一体になり、沖縄の熱い夏を堪能して下さい。(参考文献:「エイサー360度」)